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伝統技能の技術継承に思うこと

PJ活動お役立ちコラム
第97回 2022年10月4日
伝統技能の技術継承に思うこと

おそらく読者の皆さんの大半は、多かれ少なかれ、自社あるいは自組織の技術伝承ないしナレッジ継承ということに悩まれた経験があると思います。もしかしたら、現在進行形で苦労されている向きもあるかもしれません。今回は、身近なようで少しだけ遠い、伝統技能・伝統芸能といった世界の技術継承について考えてみたいと思います。

前世代の技術を次世代に引き継ぐ

先日とあるテレビ番組で、都内有名オーケストラのコンサートマスター(以下コンマス)がインタビューに答えるのを興味深く見ました。コンマスに課せられた様々な責務の一つに、その楽団の「伝統」を次世代に引き継ぐということがあるそうです。例として挙げられたのが、弦楽器のボウイング、弓の動かし方。曲によって、どのように弓を動かすか、どのタイミングで弓を返すか、事細かく決め事があるそうです。それも、楽団ごとに代々受け継がれてきたやり方があり、その「伝統」をコンマス自身が正しく身に付けて、後から入ってきた若い団員に教えるのだそうです。
オーケストラだけでなく、歌舞伎や能楽といった伝統芸能の世界でも、同じように流派ごとの「型」が受け継がれています。伝統工芸や宮大工などでも、同様に古くから伝わる技能を次の世代に引き継ぐ難しさが、しばしば話題になります。

ふと、彼らと自分たちを比べてみました。我々が主に取り組んでいるのはシステム開発における熟練者や製造業における高技能者の、技術継承です。考えてみると「型」のようなもの(交渉術や管理ノウハウ等)を次の世代に受け継ぐ要素も含まれています。ところが、同じ技術継承でも歴史の厚みが全く違う、「継承」することの重みもまったく違う、という当たり前の事実に思い至ったわけです。が、同時にこうも感じました。伝統技能・伝統芸能の技術継承のされ方は、どこか危なっかしいと。

ナレッジ継承のセオリー

実は筆者の知り合いにも伝統芸能に身を置く方がいるのですが、その方の苦労話を聞くにつけても、伝統技能の技術継承には、我々が日々研鑽を積んでいる「ナレッジ継承」のセオリーを取り入れるべき余地がたくさんあると感じます。
たとえば、いつ、だれが、どこで、何を、どのようにして、行うのか。そしてその目的は何なのか。いわゆる5W1Hで技術継承というプロジェクトを整理してみたらどうだろうと考えてみました。

  • WHEN
    技術継承を計画的に進めること。どのタスクを、いつまでに実行するのか。WBSやガントチャートに描く。また、継承の期限が曖昧ならば明確にする必要もあります。
  • WHO
    技術継承というアクションを主体的に進める責任者の明確化。誰から誰に伝えるのか。継承元の候補が複数考えられるなら、いま目の前にいる技能者だけで十分に伝えきれるのか、他の候補にも掛け合う必要はないかも含めて、検討が必要です。
  • WHERE
    技術継承を行う場の設定。技能者が持つ技能やノウハウを適切に表出してもらえる環境づくり、受け取る側が適切に学習あるいは伝授を受けられる環境づくりは重要です。
  • WHAT
    継承すべき技能・技法・テクニック・ノウハウを明確に定めること。もし技術の幅や奥行きや深度があまりに多様であるなら、今回のプロジェクトでカバーする範囲・スコープも明確化する必要があります。
  • HOW
    技術継承の手段、手法、段取りを見極めること。以前掲載したコラム(第81回 2022年6月14日 ナレッジ(知識・ノウハウ)探しの日々・・・)では、「共同化(同じ体験をする)」⇒「表出化(形式知化・見える化する)」⇒「連結化(形式知同士を組み合わせ体系化する)」⇒「内面化(新たな知として定着させる)」というプロセスを繰り返すやり方を紹介しました。
  • WHY
    技術継承の目的の明確化。短期的な視点と、中長期的な視点の両面でビジョンを言語化して関係者に示し、合意形成することが重要です。
    これらは基本的な行動・考え方だと思うのですが、伝統技能・伝統芸能の世界ではあまり考慮されているように見えません。少しの工夫で、効率よく技術伝承が行えるのに、と感じることがときどきあります。

もちろん、伝統技能・伝統芸能の世界には、部外者が窺い知れない様々な事情や別の力学が存在することは承知しています。誰がやっても同じ成果が得られるプロセスをひとつの理想とするプロジェクト管理の世界の発想を、個人の力量や才覚に多くを委ねる伝統技能の技術世界に持ち込むこと自体がナンセンスなのかもしれません。が、あえて並べてみると、ときどき見聞きする彼らの「技術伝承」の課題は、我々にとっても身近なことなのかもしれないと感じた次第です。

蛇足ですが、オーケストラにおける「コンマス」の仕事を、プロジェクト管理になぞらえる研究やコラムは、巷にけっこうあるようです。たとえばオーケストラの指揮者とコンマスの役割の違いひとつを取っても、我々プロジェクト管理を志す者が参考にすべき話題が多々ありそうです。興味がある方はぜひ調べてみてください。

今回のコラムが、皆さんの活動に少しでもヒントになりましたら幸いです。