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「引用」の歴史からプロジェクトDXを考えてみる

PJ活動お役立ちコラム
第84回 2022年7月5日
「引用」の歴史からプロジェクトDXを考えてみる

今回は「引用」について、その歴史を紐解きながら、プロジェクトDXを考えてみたいと思います。
引用とは第66回コラム文章末に登場した、次のような参照スタイルをいいます。

Williams, L.E., & Bargh, J.A.(2008). Experiencing physical warmth promotes interpersonal warms. Science, 322, 606-607.

引用方式の成立

「引用」の歴史は古く、19世紀後半のアメリカで誕生しました。発明したのは1870年代に欧州に留学し、解剖学等を米国にもちかえった大学教員E.L.マーク。彼は解剖者らしく整然と体系だった秩序を好み、1881年のある日、400頁超の長大論文の巻末に23頁の目録をつけました。論文執筆にあたり、ヒントを得た文献の著者名、タイトル、出版元、発行年などの情報を、著者名のアルファベット順に整理し、本文中では著者名、発行年、参照頁だけ記載するようにしたのです。このシステムの画期性は1903年、彼の教え子ら140名が、この目録システムに敬意を表す記念論文集を刊行した歴史が物語ります。

1903年には、シカゴ大学出版局の編集室でも引用革新の動きがありました。第2次産業革命後、働き方改革や女性の社会進出が進む中、当時の編集室では、教授の手書き原稿を預かり、活字を組む者、校正する者、組版する者などで分業体制が敷かれていました。生産性の向上には処理の共通化が必要だと感じた彼らは、参照・引用の方法、文献目録のまとめ方などのスタイルブックを作成、大学関係者に配布して回ります。

1920年代は新しい学問領域が複数誕生します。そのうちのひとつ心理学では、自前の学会誌を創刊したばかりのアメリカ心理学会が、1929年、論文執筆ガイドを策定しました。おそらくは当時のモダニズムに影響を受けたと思われるこのガイドは、徹底して機能性・合理性を突き詰めていました。たった7ページに凝集されたガイドは、著者・論文特定に必要のない装飾要素をさらにそぎ落としていました。

こうして研究者は、先人たちの業績の再利用にかかる時間を圧縮し、新たな思索に専念できる環境を手に入れ、40年後には月に到達するに至ります。

引用分析の発明

その陰で、地上に「存在した研究者の8-9割は今生きている研究者だ」と、1962年に科学史家プライスが揶揄したほどに指数関数的に増える担い手と、論文増産、相次ぐ発見という「情報過多」を前に、全体を追いきれないと嘆く声が学界を覆い始めていました。
実は研究者の作業の効率化には「引用」のほかに、各雑誌の抄録集(論文の要約)も寄与していました。編集室等に所属する専門員が論文を読んで抄録を作成し、索引付で雑誌巻末に掲載しており、これが全体像の把握に寄与していたのです。が、論文読解には一定の専門知識や知性も必要ですから、こなせる人間が限られ、かつ論文数が激増すれば、人の手では物理的に処理の限界を迎えます。このため抄録集への掲載は、1-2年遅れが常態化してしまいました。

1955年、E.ガーフィールドは、「引用」の特性を利用してこの問題解決に着手します。
「引用」の逆引き索引を作れば、人の手を介さずに重大発見、論文の前後関係、現在地点を可視化できるのではないか。彼の着想は高名な遺伝学者の目に留まり、交流を深める過程で、発展していきます。専門家自身が引用する論文同士のつながりはーー批判であれ、賛同であれーーある種の有機物を生み出していました。引用の糸をマップ化すると、画期的な論文は皆がこぞって引用するので、その論文の周囲に論文の密集地帯ができます。未着手の領域は白地で浮かびあがってきます。物理学と言語学は別の学問領域なので、通常、相互に引用されることはありません。しかし誰かが片方の領域の論文を参照して画期的な着想をもたらすと、そこを起点に新たな引用ネットワークが広がります。こうして1964-76年にかけてガーフィールドは、引用マッピングにより科学の構造や動態を可視化することに成功します。

さて「引用」の逆引き索引の仕組みをみて、Googleの検索アルゴリズムを思い浮かべた方もいらっしゃるのではないでしょうか。正解です。GoogleのPageRank特許は、1998年の特許取得時にガーフィールド論文を引用していました(特許番号US6285999B1)。

・自分が影響を受けたWebページなどに対し、ブログ等で気軽に「リンク」を貼る。
 ↓
・ロボットは、被リンク数などから各ページの重要度を判定し、検索結果の上位に表示する。
 ↓
・人はまた上位に表示されたリンクを重点的に確認する。

20年前に始まった、このWeb版の「引用」逆引き索引は、一般世界でも情報交換の様相を一変させることになりました。

<間>に思いをはせる

日本では1970年代来の、製造業等におけるオフショアリングの歴史の名残か、労働集約型の業務等をアウトソーシングして効率化や高度化をはかる発想が根強く残っています。担い手を「人」で分ける仕組みは究極的には人権にも関わるので、遅かれ早かれ問題化してきます。
2004年最初にDXが唱えられたときの予見は、今回の「引用」小史にあるような、人のアウトプットとインプットの<間>、過去には人がとりもっていた<間>の機械処理化がもたらす新しい時代の到来でした。プロジェクトマネジメントでは何がその<間>にあたるのかーー具体例は企業秘密としていったん伏せますがーー筆者は日々、それを意識して現場改革の糸口を探っています。
今回のご紹介が皆さんにも考えるヒントとなれば幸いです。