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成功プロジェクトの根底にある「文字」のチカラ

PJ活動お役立ちコラム
第60回 2022年1月18日
成功プロジェクトの根底にある「文字」のチカラ

今回のコラムでは、プロジェクトと「文字」の関係について、お話ししたいと思います。
フランスの文化人類学者ルロワ=グーランは、以下の著書において、人間にとっての「文字」の獲得を、普遍的な時空間の成立だったと述べています。

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著者:アンドレ・ルロワ=グーラン
訳 :荒木 亨
書名:身ぶりと言葉
発行:新潮社
発行年:1973年1月
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我々の祖先は元々、声や身ぶりを使って言葉を表現してきていた。
それは表現されてはすぐに消え、相手や気まぐれな精霊たちの気分で十人十色に解釈できてしまう。
世界は不安定だった。文字が誕生したことで、人はいつでもどこでも誰にとっても同じ意味を託せるモノによる秩序ある世界を手に入れた。

筆者なりに要約するとこんな主張ですが、本コラムでなぜ本著に触れたかというと、この「文字」の特性への着眼がプロジェクトマネジメントの根底にはある、と感じるからです。

PMBOKにおいて「プロジェクト」は、何か独自のサービスや製品等を生みだすための、期間限定の業務と定義されています。期間限定という点では、ピラミッド建造やら享保の改革やら、昔から様々なプロジェクトは存在していました。しかし実施条件はバラバラで、「後世の人間が真似したところで同じ成果は得られない、だから成功要因を分析しても無駄だ」と長らく考えられてきていました。科学は、再現できる規則性に着目します。そのため科学は先に、反復的な定常業務=オペレーションを分析したのです。*

非定常業務=プロジェクトの分析は、その後、1960年代まで待たなければなりません。旧ソ連の有人ロケット打上げに焦った米国国防総省が、アポロ開発プロジェクトを確実に成功させるために様々な成功プロジェクトの共通項の整理に着手したのがきっかけでした。しかしその後30年かけて洗練された手法は、クリントン政権で財政赤字の解消に使われ、一気に知れ渡ります。1996年、PMBOKガイド初版が出版に至ります。

筆者なりに整理すると、100年前は作業員A、B、Cの「身ぶり」の標準化、他方、20世紀末は、プロジェックトのメンバーD、E、Fが自律的に動ける基盤の標準化がなされました。メンバーD、E、Fがそれぞれ自ら判断し、創造的に動くのに、その行動結果があたかも織物のようにきれいに絡みあってプロジェクトが成立するよう、整えられた対象のひとつが、冒頭の「文字」を使った「コミュニケーション」です。

「コミュニケーション」をマネジメントするというと、日本では日本語の語感に引きずられて、プロジェクトメンバーや関係者の感情面の配慮、一体感の醸成といったニュアンスでイメージする方もいます。しかしPMBOKが真っ先に説いているのは「確かな情報伝達」です。様々な情報は<それを必要とするメンバーが必要とするタイミングで>タイムリーに届ける必要があります。また情報そのものも相手が誤解なく読み解けるよう、発信する側が次の<5C>に気をつけなければなりません。

  • 正しい文法、正しい記述(Correct)
  • 簡潔表現、過剰な言葉の排除(Concise)
  • 明確な目的と読み手に合った表現(Clear)
  • 解りやすいロジック(Coherent)
  • 言葉とアイデアの流れの制御(Controlling)

PMBOKが文化として定着したシステム開発現場では、全ドキュメントに番号が振られ、メンバーは自分がどのドキュメントの何ページの何行目について言及しているのか、常に相手に明確に言及しながら議論します。また課題管理表等で過去のやりとりをすべて文字で残し、途中参画者や後任者が直接経緯を確認できるよう態勢を整えています。つまり配慮する相手は<まだ見ぬ誰か>にも及びます。

日本でプロジェクトの現場に入ると、2K1S(空気を読む、顔色を伺う、忖度する)で<声や身ぶりを使った、その場で消えてしまうコミュニケーション>がまだまだ多いことに気づかされます。そうした現場の方はルロワ=グーランの著書を読んで、「文字で残す」努力が人間社会にもたらした成果を振りかえるところから始めてみるのはいかがでしょうか。

今回の内容がみなさんの活動に少しでもお役に立ちましたら幸いです。


*注
20世紀初頭のF・テイラーやギルブレイス等の科学的管理法。
作業を細かい動作レベルまで分解して、それぞれの動作が必要かどうか分析した。例えば紙箱を組立てる作業なら、①厚紙に展開図を転写する→②ハサミで裁断する→③箱を組み立てる、が本質的な動作になる。他方、転写のために鉛筆を取り出す、取り出したハサミをハサミ箱に戻す、などは非本質的である。こうした非本質的な動作をできるだけ省き、型紙をそのまま切り抜ける機械を開発するなどして、工程を標準化する。加えて本質動作にかかる時間時間をストップウォッチで計測する。このようにして手順と時間を標準化し、若干のゆとり時間を加えたものを1日のタスク量と定めた。のちに人間を単なる労働力とみており、人間性を無視していると批判される。